神室山 闇に消えた異国の青年  2017/5/20

2020年10月25日

夕日を見つめる異国の青年 神室山1,365m 

 今回は、神室連峰です。自宅のある寒河江市から登山口の金山町蒲沢までは車で1時間30分、そこから山頂までは徒歩5時間です。標高は最高点でも1400メートルに達しません。しかし、山は彫りが深く高度感があります。展望のよい壮年期の山並みが延々と続くことから、首都圏の趣味人からは「みちのくの小アルプス」と呼ばれています。(らしいです。)希少種キヌガサソウ(ヒトの50倍、世界最大のゲノムサイズを持つ植物)もあります。山の恵みはとりわけ豊かです。地元の方々の努力により山道や避難小屋も美しく保たれています。ところが、きわめて寂しい山です。滅多に人と会うことはありません。この時も、誰とも会わず、いいですねえ。独り旅に浸っていました。

神室山頂で二人が見た鳥海山

 鳥海山に夕日が落ちて行き、空が染まってきました。山に泊まる人に与えられた特別の時間に酔っておりました。すると、夕闇迫る中、連峰主峰神室山の頂にひょっこり一人の青年が登ってきたのです。明らかに異国の青年でした。最近よく見かけるマウンテントレイルではないと一目で分かる格好です。ブランド物の山装備は一切持ってません。泥だらけの安価なズック靴と軍手、握りしめた懐中電灯、野球帽という出で立ちで、吹き出す汗、泥まみれの姿に、彼の悪戦苦闘ぶりが窺えました。「がんばりましたあ。」荒い息で親しげにほほえむ彼に親近感を覚えて、言葉を交わし始めました。

神室山頂1,365より南方稜線 天狗森や小又山を望む。

 私が「アーユーアメリカン?」と聞くと、違うと手を振ります。アメリカ人でなければ・・・「アーユーロシア人?」と続けて聞くと、彼は少しムッとした表情で、「フランス人!」と日本語で答えました。とは言え、彼の言葉は日本語も英語も片言なのでした。二人ぼっちの山頂で、夕日を背負った鳥海山の写真を撮りました。曖昧でしたが、彼は片言の英語混じりの日本語で岩手で働いていることや今日は休暇だと教えてくれました。最後にやや興奮した態度で、「今日はこれまでのライフで一番のアドベンチャーだったよ。」と語り「これから帰るよ、さよなら」と言い出しました。あたりはもう暗くなっていて、私はあわてました。神室山をなめてはいけません。「ベリーベリーデンジェラス!ウエイト、ティル モーニング」と何度も諭しました。が、聞き入れません。翌朝までに借りた車を返さねばならぬとか、仕事があるとか何とか説明し、走れメロスのように夕闇の下界へと去って行ったのでした。

アイコで春を味わおう。青年!

 登ってくるとき、食べる分の山菜を採ってました。安い焼酎も持参してました。彼に食わせ飲ませしてもっと聞いてみたいことがありました。残念であるとともに、あんなボロい靴と手に懐中電灯を持ったままで急勾配を降りられるだろうか・・。と心配しながら夕飯を食べました。さて、真夜中です。避難小屋で寝ていると、ガタゴト音がします。むむむ、ヘッドランプを灯すと、やはり、彼でした。服は泥だらけで明らかに憔悴していました。私はすぐ飴とお湯を与え、毛布を手渡しました。「ベリベリーデンジャーだったろ。」「はいー。」と、お互いに確認。「やすめ、やすめ。」と促すと彼はすぐに寝入りました。

台山尾根に上がる道迷いポイント


 早朝、私は目覚めました。が、丁寧に畳んだ毛布だけが有り、彼はもういませんでした。無事に下山して車を返せたか知りたいと思いました。が、彼の名前さえ分かりません。その後しばらく新聞のローカルニュースを気をつけて見ていました。幸い事件らしいことは一つもおきていませんでした。

神室山頂避難小屋は快適です。

 いい季節でした。この時撮影したカメラはSIGMAの広角DP1 Merrillと中望遠DP3 Merrillの2台を使いました。三脚も合わせると重くなるのですが、神室山の避難小屋には寝具があり、荷物を減らせるのでした。山菜を摘みながら、鳥海山に沈む夕日を眺めようと夕方着けばいいやと、ゆったりした足取りで歩いたのでした。結果、天気は上々でしたが、残念ながらぼやっとしたした写真ばかりでした。フランス青年のショットは後ろ姿1枚です。名前や連絡先ぐらい聞いとけばよかったかな。いやいや、あれでよかったんだ。

カレー中華と山菜汁の完成!
大好きな山菜シドケ
タラの芽