ブロッケンの妖怪と御来迎 門内岳 2013/8/4

2020年11月5日

門内岳から地神山に続く稜線にて

 「ブロッケンの妖怪」と言われる気象現象がありますが、その昔、出羽三山の修験者達は「御来迎」と言っておったそうな。光輪を背負った阿弥陀如来様の有り難いお姿であるとして拝んでいたたらしい…ふむふむ。と、調べていたとき、前田直巳という方を知りました。地元山形大学の農学部の先生でした。「ブロッケン現象=御来迎」について研究されている方で、しかも山によく登られるみたいです。冒険家で有名な植村直己さんと同じ名前なんだなあとも思ったのでした。実は私、一度だけ、このブロッケン現象に出会ったことがあります。

可憐なコバイケイソウ有毒だけど好き

 2013年8月3日土曜日、山形県小国町の長者原から飯豊山荘へ向かい、梶川尾根を辿って門内岳1,887mに登りました。8月に入ってようやく雪解けした稜線の所々にはコバイケイソウの純白の花穂が並んでいました。霧に阻まれ展望は効きませんでしたが、門内小屋は夏山のハイシーズン。登山者で賑わっていました。ほとんどが60代以上の方々です。中高年になっても山歩きが楽しめるというのはホントに幸せなことだと感じます。

みんな楽しそうに話も弾んでます

 翌日の朝6時をすぎ、私は下山ルートに選んだ丸森尾根に向かってゆっくりと歩き始めました。天候も落ち着き、風は穏やかな西風で霧も途切れ途切れになって東へと流れています。日も差し込み始めたので、私はsigmaDP2Xを取り出して、コバイケイソウと残雪を撮影しながらいい気分で歩いていました。ややしばらくたった午前7時、カメラの液晶画面を見つめていると、輪のような虹?を見つけました。カメラから顔を上げるとややや、そこにはくっきりと丸い虹の光を背負った人物の影が中空に浮かんでいたのでした。しかも、2重の虹の光輪です。「ブロッケンだ!」

北股岳も門内小屋も霞んできたと、思って間もなく
あれ、なんだなんだ?

 薄ぼんやりした光輪はどんどんはっきりしてきました。私は何度もシャッターを切ります。カメラっていいですね。自分の思いを「すごいね、驚いたね。でも、うれしいんだね。」と受け止めてくれます。私も、本能的に共感してくれる誰かを求めているんだと思います。

ブロッケンの妖怪?いいえ、御来迎、阿弥陀如来様です。
数分後、跡形もなく雲散霧消

 7時5分から10分までの数分間の出来事でした。その後、霧もブロッケンも正に雲散霧消し、夏の眩しい日差しのもと、コバイケイソウ達が涼しげに佇むのでした。「ああいいなあ。俺はなんて幸せなんだろう。」そのように感じました。それは、妖怪ではなく阿弥陀如来様に出会えた感慨に近いぞとも思えるのでした。どこが妖怪なのだろう。きっと、妖怪と感じた欧米の方にはその後天候がめちゃくちゃになり、落石や落雷、暴風雪など酷いことが起きていたのかもしれません。天候回復で現れるのが日本の御来迎ではないのか。そう思った次第です。

反対側、尾根の東側の様子
皆さんブロッケン現象、気づかれたでしょうか。
コバイケイソウ「ほどほどさん、御来迎も見れてよかったね。」

 実は山形県の日本海側の山地ではこの気象現象はよくあることらしいです。前田直巳先生の論文「日本におけるブロッケン現象の理解に関する歴史的考察」中の月山の地図には「来迎谷」という地名もありました。大朝日小屋の管理人さんも、門内小屋の管理人さんも「ああ、よぐ見るっだな。」と話してました。時間帯は早朝や夕方です。日帰りの登山者はこの点で不利です。山のお泊まりはやはり、すんごく魅力的なのでした。

門内岳1,887m山頂の祠

 今は便利で、山大の前田先生の論文がネット検索で原文を読めるんですね。一番おっしゃりたかったことが何なのか私に理解することはできなかったかもしれません。ですが、御来迎を見た歴史的な人物、芭蕉や播隆上人、修験者たちは阿弥陀如来様と言いながらも、それが、気象現象と気づいていたんだよ。ということのようです。根拠となる言葉が歴史的人物の記述として残っている。とすると、欧米の方のブロッケンの妖怪の解明より100年は早かった…ということらしいです。曲解してたら御免なさい。私には論文の言い回しは難しいです。